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悪夢の1週間
2020年11月24日 (火) | 編集 |
11月13日金曜日。
帰宅すると家人が玄関に倒れていました。
前日から発熱して仕事を休んでいましたが
コロナ、インフルの検査は陰性、出かけるときも起きていたのに。
意識はあって、ただ身体に力が入らず起き上がれないと。
何とか手を貸して起き上がらせようとするも出来ない。
そこで救急車を呼びました。
風邪でかかって検査をした病院へ搬送されるも
もう一度コロナの検査をすると。
その結果が出るのに3時間かかるので
それまでここで待機していてくれと。
本人の熱は高く意識が混濁していて
なぜか何度もストレッチャーの上で
起き上がろうとします。
私が帰るまで倒れていた間が何分か分からないけど
ひたすら起きなきゃという意識に縛られているようでした。
会話は出来るのですよ。名前も生年月日も聞かれたら自分で言えます。
でも「じっとしないと」と言うといったん動きが止まるものの
すぐまた動こうとして看護師さんに迷惑かけました。
この時、時々、変なことは口にしていました。
何もないのに「そこのカバンを取ってくれ」とか。
でも熱のせいでしょうと言われあとはひたすら
誰もいない病院のロビーで待ちました。

日付が変わって14日土曜日。
夜中2時、ようやく2回目のコロナ陰性の結果が出て
同時に肺炎の症状が昨日の診察の時より悪いので
本院の方の救急病院へ行くことになり2回目の救急搬送。
車で30分ほどの市内の病院へ。
そこでICUに入りました。
手続きが終わったのは朝5時。
帰宅したら倒れていたので私は昼から何も食べないまま。
始発電車で帰ってシャワー、軽く食べて仮眠。
とりあえずICUに入ったら任せるしかないので
午後から仕事に向かいました。
実はすごいタイミングなんだけど、この日が9年近く務めた教室の最終出勤日。
休みたくなかった。
仕事中午後3時ころ、病院から電話があり
肺炎もあるけど腎臓の具合が良くないと。
透析の可能性も示唆されて全てお任せしました。
この日はこれで終わり。
家人は出張とか旅行もしないので家にいなかったことがまずなかった。
ものすごく久しぶりの(もしかして初めて?)自分の家で一人の夜でした。

15日日曜日
正午頃また電話があり、人工呼吸器を付けます、と。
え??
それはどういう?と聞くと
最悪の場合を覚悟しておいてください、と。
もう頭真っ白です。
とりあえず、義母に電話して状況を説明していると涙が出て来て
あとはもう・・・
子どもらや母や妹に電話するたびに号泣。
36年も連れ添って、最近は別に仲が良いわけではなかったけど
優しかったときや楽しかった思い出ばかりがフラッシュバックして・・・
実は翌週が私の節目の誕生日で、家族旅行を計画していました。
最初熱が出た時、旅行がキャンセルになったら嫌だなと思ってたけど
そんな状態じゃなくなり、
部屋を片付けていたら家人が旅行の準備をしていたのを
見つけたりしてまた涙。
もう何も手に付きません。

16日月曜日
仕事を休んで待機するも連絡はなし。
(仕事は2種類やっていて、一つが土曜でいったん終わったけど
もう一つは続いています)
夕方、担当医と話せることになり病院へ。
肺炎からの横紋筋融解症で腎臓の具合が大変悪い、とのこと。
抗生物質でも熱も下がらない。
万が一に備えて子どもさんにも連絡を、と言われ
泣きながら電車で帰宅。

癌になった88歳の父も義母も
心臓発作でICU入りした私も義弟も
今は元気なのに、
入院も大きな病気もした事ない家人が
なんで危篤なの?
頭の中をカーペンターズの曲が流れました。
「あなたがいなくなって世界が終わろうとしているのに
なぜ鳥は鳴き星はきらめいているの?」

夜遅く
子どもらとラインでグループトーク。
ここでかなり元気になりました。彼らの存在すごい。

17,18日。
病院からの連絡待ち。少し気持ちも落ち着いて仕事へ。
娘がリモートワークなので、だったらどこでやっても一緒だからと
帰省してくれました。回復を祈るのみ。

19日。
朝、熱が下がって時々自発呼吸も出来るようになったとの連絡!
Thank God!
仕事終わってから病院へ行って入院手続き、担当医と話しました。
まだ腎臓の調子は良くないけど、別の抗生物質が効いて血液検査の値が
改善してきていると。
まだICUからは出られないけど、危篤状態は脱したようです。
さらにメモを書いたら渡してくれるとのこと。すごい!
ここ1週間あまり食べられなかったけど、娘もいて、こんな状態になって
ようやく美味しい晩ごはんが食べられるように。

20日。
私の誕生日。しかも還暦。
ずっと前からどんな風に過ごそうか想像してきたけど、
まさかこんな状態とは。
まずは仕事へ。帰りにデパ地下でお惣菜を買ってケーキも買って
娘と二人で家でお祝い・・・と思っていると
大阪駅のホームで病院からの電話。
え・・?まさか・・・とあわてて出ると
看護師さんが、本人に代わりますね、と。
そして1週間ぶりに家人の声で「誕生日おめでとう」と。
声はガラガラで(1週間話してなかったから?)
周りがうるさくて(通勤時の大阪駅ホーム)ほとんど聞こえなかったので
あとでこちらからかけなおすことにしていったん切りました。
興奮して帰って娘の仕事が終わるのを待って電話。
娘とも話せて良かった。

21日土曜日
本来なら飛行機に乗って南の島へ~だったけど
皆が生きてるならそれでいいや。
夜、息子も帰省してくれて、旅先で焼肉に行くはずだったので
近所の焼肉へ3人で。
1人足りないけど電話の声はしっかりしていたので
安心して誕生日のお祝いを。良かった。

連休中
病院にお見舞いは行けません(コロナ対策で一切面会禁止)
最近私は運転から遠ざかっていたけど
退院の時に車で迎えに行かなきゃ、なので
息子をナビに運転の練習して
家人から電話で頼まれたものを病院に持って行ったり
3人でウチで映画見たり(100インチのプロジェクター用スクリーン買った!)
のんびり過ごしました。

24日現在
肺炎の方は大丈夫になったけど
腎臓の具合がまだ悪く、ICUから出れません。
でも今はお任せして待つだけ。
毎日の夜の仕事が週2に減らされたのと家人の入院が偶然重なって
子どもらが帰ったいま、寂しい夜を過ごしています。
本当に人生、何が起こるか分かりませんね。
この先も色々と不透明な現在ですが‥
生きていてくれて良かった。
子どもたちがいてくれて良かった。

そんな、まさかの悪夢の1週間でした。
長いブログですみません。


コメント
この記事へのコメント
回復されて何よりです!うう…言葉が見つからないや。良かったほんとに。
2020/11/25(水) 09:30:13 | URL | 麻緒 #GT.vBoj2[ 編集]
承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
2020/11/25(水) 14:46:59 | | #[ 編集]
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